Vol.2  叩いて作り、叩いて直す まさに手作り銀食器

2009年4月 8日 13:58 更新

日本においての銀器の歴史は古く、平安中期には既にその使用が確認されている。それが江戸時代になると町人の世界へと広がりをみせ、彫金の技術・技法は飛躍的に向上した。なかでも現在の台東区の地域には、大きな寺や大名屋敷があったこともあり、銀の需要が高く、古くから銀器製造が盛んだったという。そんな職人町で80年の歴史を持つ森銀器製作所は、スプーンやフォーク、耳かきなどの実用品から宮内庁御用達品に至るあらゆる銀器を扱う総合メーカーである。そこに岩村淳市さんは18歳で入社。打物師として38年のキャリアを持ち、平成13年には経済産業大臣から「伝統工芸士」にも認定された。

「あれもこれもと仕事をこなさなくちゃいけなかった新人時代に、見よう見まねで"槌目(つちめ)"を打ち込んでみたのが最初。ときにはコンマ数ミリしかない厚みの銀板に槌目を打ち込むわけですが、なんでそんなことができるのかって師匠の作業を面白く見ていたのを覚えています。それくらい薄いと、金槌の頂点と当て金の頂点とを当てないことには槌目が出ないわけで、少しでも道具が当たってないとベコベコッといっちゃうんです。逆に、上手く当たっているときはカチンッカチンッって高い音が鳴るんですよね。それが分かるようになるまで5年掛かったかな」

そう話しながら一定のリズムで振り下ろされる金槌は、目指す頂点を確実に捉え、作業場に心地良い金属音を響かせる。音だけで見極めることができるのは、まさに熟練した匠だからこそなせる業だろう。
「機械でもできなくないでしょうが、槌目はやっぱり手仕事に限りるんですよね。ひとつとして同じものはないですし、なにより人間の温かみを感じてもらえるんじゃないかなって思うんです。ただ、どうしても手仕事の製品って高くなるでしょ?私たち職人にとっては寂しいことですけど、多くの人がデザインだけで買う傾向にあるわけで、もう少し物を見る目を肥やしていただければうれしいんですけどね(笑)」

ぐい呑ひとつにしても、その工程は多岐に渡る。銀魂からのし板状の板を作るための溶解(ようかい)、それを必要な薄さまで延ばす圧延(あつえん)、金槌で叩いて形を作る鍛金(たんきん)、仕上げ師による加飾、仕上げ。どこをとっても人の手を介さないものはない。それぞれの工程でそれぞれの職人が目を光らせ、納得のいくまで作業を繰り返す。製品ができるまでの工程を知ることは、その価値を知ることにもつながる。

「叩いて作ったものは叩いて直る、というのが私の持論なんですよ。逆に機械で作ったものは、機械じゃ直せないですよね。たとえば銀器を落としたとします。へこみますよね。でも道具があるからまた元に戻るわけなんです。それは手仕事でなきゃできないことじゃないかと思うんです。昔から言うじゃないですか、高いものは長持ちするって(笑)。手仕事は手間がかかる分、高価ですよ。だけど何十年も使えるし、そうであるための責任を職人は製品に負っているわけなんです」

銀器は300年持つと言われている。表面に付いた傷や風化は味わいとなり、使い込む程に特有の光沢を放つ。最近ではその抗菌作用が広く知られるようになったものの、まだまだ一般家庭では馴染みが薄い。後世へと脈々と受け継がれてきた技の結晶。この機会に手に入れてみるのもいいかもしれない。


株式会社 森銀器製作所
住所 東京都台東区東上野2-5-12
電話 03-3833-8821
HP  http://www.moriginki.co.jp/




使用する当て金は約300種類、金槌だけでも約50本。作る製品に合わせて職人が手作りする
(写真 左)岩村さんが得意とする槌目が施されたぐい呑。完成までに最低3000回以上は金槌を打ち込むという
(写真右)重厚感漂う銀製カード入れ。普段使いのアイテムの中に、大人のこだわりを覗かせる
マイクロメーターで測りながら、銀板を均一の厚みに仕上げる圧延作業。単純作業なだけに、長い経験と勘が製品に大きな差をつけてしまう

仕上げ師が調合した銀古美(ぎんふるび)液を銀器に塗り、艶を出す。その後、槌目を強調させるために重曹で表面を擦る


銀器屋は型が財産。森銀器製作所では数千種類もの型を常備し、オーダーに合わせて使い分けていく